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東京地方裁判所 平成10年(ワ)2222号 判決 1998年5月29日

原告

株式会社イマジカ

右代表者代表取締役

長瀬文男

右訴訟代理人弁護士

田宮甫

堤義成

小林幸夫

被告

三菱地所株式会社

右代表者代表取締役

福澤武

右訴訟代理人弁護士

河村貢

豊泉貫太郎

岡野谷知広

木屋善範

主文

一  被告は、原告に対し、一億四一一三万〇五〇〇円及びうち四七〇四万三五〇〇円に対する平成九年一二月一日から、うち四七〇四万三五〇〇円に対する平成一〇年一月一日から、うち四七〇四万三五〇〇円に対する平成一〇年二月一日からそれぞれ支払済みまで年一〇パーセントの割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  当事者の申立

一  原告の請求は主文と同旨である。訴訟物は、別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)についての賃貸借契約に基づく未払賃料及び約定の遅延損害金の各支払請求である。

二  被告は、本件訴訟手続の中止を求め、予備的に請求棄却の判決を求めた。

第二  事案の概要

一  原告の主張

1  原告は、平成六年三月三一日、被告との間で、本件建物について、原告を賃貸人、被告を賃借人とする以下の内容の賃貸借契約を締結した(以下「本件賃貸借契約」という。)。

(一) 目的 被告が使用し、又は第三者に転貸すること

(二) 期間 平成六年四月一日から平成二六年三月三一日まで

(三) 賃料 平成六年七月一日以降の月額賃料最低補償額

一階から七階部分

七四三五万〇九〇〇円

地下一階 三〇一万六六〇〇円又は転貸賃料の月額合計額の九〇パーセントのどちらか多い額

合計額 七七三六万七五〇〇円

(四) 支払時期 毎月末日までに翌月分

(五) 遅延利息 年一〇パーセント

2  被告は、平成九年一一月一〇日ころ、原告に対し、本件建物の賃料を月額七七三六万七五〇〇円から三〇三二万四〇〇〇円に減額するよう請求し、これに対し、原告は右減額には応じられない旨回答した。

3  被告は、本件建物の平成九年一二月分から平成一〇年二月分までの賃料については、それぞれ月額三〇三二万四〇〇〇円のみを支払い、差額の月額四七〇四万三五〇〇円を支払わない。

4  よって、原告は、被告に対し、本件建物の右三箇月分の未払賃料合計一億四一一三万〇五〇〇円及びうち四七〇四万三五〇〇円に対する約定支払日の翌日である平成九年一二月一日から、うち四七〇四万三五〇〇円に対する約定支払日の翌日である平成一〇年一月一日から、うち四七〇四万三五〇〇円に対する約定支払日の翌日である平成一〇年二月一日からそれぞれ支払済みまで年一〇パーセントの割合による約定遅延損害金の支払を求める。

二  被告の主張

1  訴訟手続中止の申立て

本件賃貸借契約については、被告の原告に対する賃料減額調停申立事件と原告の被告に対する賃料増額調停申立事件が、いずれも川崎簡易裁判所に係属中であり、右各調停申立事件と本件訴訟とは、いずれも適正賃料額を争点とし、実質的に同一の紛争であるから、民事調停法二四条の二の法意及び民事調停規則五条により、右各調停の結果が出るまで本件訴訟手続を中止することを求める。

2  本案についての主張

原告の本件請求が借地借家法三二条三項本文による暫定賃料の支払請求であるとすれば、暫定賃料額の支払請求の意思表示が被告に到達した日より前の期間についての右暫定賃料額の支払を請求することはできないと解される。本件においては右の意思表示がされていない(せいぜい平成一〇年五月一二日に被告に到達した同日付準備書面に右の意思表示と解する余地もないではないという程度の記載があるにすぎない。)から、原告の本件請求は失当である。

第三  当裁判所の判断

一  訴訟手続中止の申立てについて

原告の本件請求が借賃の増減額請求後の適正賃料を主張してその支払を求めるものでないことは、原告自身が借賃の増額請求をしながら、従前の賃料額の限度の請求しかしていないこと(甲四の1、2、乙二及び弁論の全趣旨により右のとおり認める。)から明らかであるから、原告の本件請求は、民事調停法二四条の二にいう借地借家法三二条の建物の借賃の額の増減の請求に関する事件に当たらない。したがって、被告の本件訴訟手続を中止すべき旨の主張は理由がない。

二  本案について

1  証拠(甲二、三、四の1、2、乙一、二)及び弁論の全趣旨によれば、原告と被告間に原告の主張1記載のとおりの賃貸借契約が締結されたこと、被告が平成九年一一月一〇日ころ原告に対し本件建物の賃料を月額三〇三二万四〇〇〇円に減額するよう請求したこと、これに対して原告は同年一二月一日に被告に到達した書面により右減額請求には全く応じられない旨及び本件建物の賃料を月額八一〇八万五〇四五円に増額する旨を内容とする意思表示をしたこと、被告は平成九年一二月分から平成一〇年二月分に至るまで本件建物の賃料として被告が適正と主張する額である三〇三二万四〇〇〇円のみを支払っていること、本件賃貸借契約については被告の原告に対する賃料減額調停申立事件と原告の被告に対する賃料増額調停申立事件がいずれも川崎簡易裁判所に係属中である(川崎簡易裁判所平成一〇年(ユ)第一号、同第七号)が、増額又は減額を正当とする裁判はいまだ確定していないことが認められる。

右事実によれば、本件賃貸借契約において定められた従前の賃料額のうち平成九年一二月分から平成一〇年二月分までについてはいずれも月額四七〇四万三五〇〇円が未払であることが明らかである。

2  被告は、賃料減額請求の意思表示をした後、原告から借地借家法三二条三項に基づく相当賃料額の支払請求の意思表示を受けていないことを理由に、本件請求に係る賃料支払義務が発生していないとの主張をする。

賃料の減額に係る借地借家法三二条の趣旨は、賃料の減額請求がされた場合においては、減額の意思表示の到達時において賃料は適正額に当然に減額されたことになるが(同条一項)、右適正額への減額を正当とする裁判が確定するまでの間は賃貸人も賃借人も右適正額を正確に知ることは困難であるから、裁判確定までの間は賃借人には「賃貸人が相当と認める額」の賃料支払義務がある(賃貸人は賃借人に対し右の額の支払いを求めて訴えを提起し、確定判決に基づき強制執行をすることもできる。)こととし、裁判確定後は、既払額と適正額の差額のみならず年一割の割合による受領の時からの利息をも賃貸人が賃借人に返還しなければならないこととして(同条三項)、当事者間の均衡を図ったものと解される。このような仕組みを採用することにより、減額請求を全く理由がないと考える賃貸人は将来の年一割の割合による利息の負担も覚悟の上で従前の賃料額を請求し続けることができることとすると共に、減額請求には一部理由があると考える賃貸人は将来の年一割の割合による利息の負担を考慮して支払われた従前賃料額の一部を返還すると共に今後も右の一部減額された額のみを請求するにとどめることができるとすることが借地借家法三二条の趣旨であると解されるのである。

そして、減額を正当とする裁判が確定するまでの「賃貸人が相当と認める額」の賃料支払請求権は、賃料増額請求がされた場合においては賃借人は格別の意思表示を要することなくその相当と認める額を支払えば足りるとされていることとの均衡を考慮すれば、賃貸人の請求等の意思表示により発生する形成権ではなく、賃料減額の意思表示の到達時に当然に(裁判確定時を終期として)発生する権利であると解するのが相当である。また、右の「賃貸人が相当と認める額」は、賃貸人が支払を求める具体的な額を賃借人に通知するとか、賃貸人が減額請求後において従前賃料に満たない額を格別の異議を述べないまま長期間受領し続けるなどの特段の事情のない限り、従前の賃料額と同額であると推定することが相当であり、本件においては賃貸人である原告が賃料減額請求に対して直ちに減額請求には全く応じられない旨を回答したことに照らせば、右特段の事情があるといえないことは明らかであり、右の「賃貸人が相当と認める額」が従前の賃料と同額であることを優に認定することができる。

そうすると、本件においては、被告は、減額請求をした後も右減額請求を全部又は一部正当とする裁判が確定するまでの間は、依然として従前の賃料額の支払義務を負うものというべきであり、原告の請求は全部理由があるから、これを認容することとする。

(裁判長裁判官野山宏 裁判官坂本宗一 裁判官新谷祐子)

別紙物件目録<省略>

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